餘部鉄橋事故から20年
兵庫県香美町(旧香住町)のJR山陰線の餘部(あまるべ)鉄橋で28日、列車転落事故で亡くなった方々の慰霊祭が執り行われた。
事故があったのは今から20年前、1986年12月28日午後1時25分。香住駅より浜坂駅へ回送中のお座敷列車「みやび」号が餘部鉄橋を通過中、日本海からの突風にあおられ機関車を残して7両の客車が転落した。
客車は鉄橋の真下にあった水産加工工場を直撃し、工場の従業員だった主婦5名と客車内の車掌1名が死亡、工場従業員5名が重傷、客車内の日本食堂従業員1名も奇跡的に重傷ながらも一命をとりとめた。
当時、私も日本食堂で車内販売員のアルバイトをしており、この事故のニュースを聞いて他人事ではないと感じていたものだ。
この事故の原因となったのが、冬の日本海に時々発生する小低気圧。
通常、この時期の天気図で見かける温帯低気圧は、南の暖かい空気と北の冷たい空気との境目に発生するもの。
この小低気圧は温帯低気圧の寒気側に発生し、暖かい海面(日本海には暖流の対馬海流が存在する)から寒気に向かってエネルギーが供給されることにより発生・発達する。
別名ポーラロー(polar low)とも呼ばれ、構造的に台風に似ている。
この小低気圧が餘部鉄橋に接近し、台風なみの風をもたらしたため事故が発生したのだ。
餘部鉄橋は高さ41メートル、長さ310メートルのトレッスル橋で明治45年に開通した。当時は東洋一の橋といわれ、鉄骨による橋脚が特徴の美しい橋である。私もカニを食べに香住や柴山によく行くが、時間があれば橋を眺めに行く。
餘部鉄橋は線路がむき出し構造のため風に弱く、事故後は風速20メートルで運行停止となり、ダイヤの乱れの原因ともなっている。そのため2007年春より新しい橋への架け替え工事が始まり2010年にはコンクリート橋に生まれ変わる予定だ。
美しい情景が消えるのは少しばかり残念だが、鉄道の安全運行のためなのでそれもやむを得ないといったところだろう。
(ジャイヴ川畑)





