« 2008年09月 | メイン | 2008年11月 »

2008年10月25日

秋の菜の花?

5th_セイタカアワダチソウ.jpg
 
久しぶりにJR東海道線に乗った。東京から横浜方面に向かうと、線路脇にススキと並んで黄色い花がたくさん咲いている。セイタカアワダチソウである。
 
背が高く、花が泡立つように咲くことからその名が付いた。遠目には菜の花のよく似ている。しかし、菜の花が春の象徴としてマスメディアにしばしば登場するのとは対照的に、セイタカアワダチソウが秋の花として取り上げられることはまずない。
 
セイタカアワダチソウは、かつては花粉アレルギーの源とも言われた。現在は無関係であることが分かっているが、一度付いた悪評はなかなか払拭されない。外来種で繁殖力が強いことも、ブラックバスなど他の外来動植物のよくないイメージと重なって、評判を下げているのだろう。
 
秋の花といえばコスモスだが、この花も実は、明治時代に日本に入ってきた外来種である。コスモスのイメージはすこぶるよい。セイタカアワダチソウにも、復権の機会を与えて欲しいものである。
(小埜佳典)

2008年10月20日

尾瀬・最後の草紅葉

4th_草紅葉.jpg
 
「草紅葉(くさもみじ)」という言葉をご存知だろうか。
夏の間、瑞々しい緑色を放っていた低い草たちが、秋になって黄や赤に色づき、まるでもみじのように見えるさまである。今、尾瀬では草紅葉が最後の季節を迎えている。
 
麓の木々が鮮やかに色づくのに対して、草紅葉は概して地味である。夏には黄色いニッコウキスゲが群生するこの地。その華々しさはどこへやら、陽の当たらない草原が秋風にそよぐさまは、麓の紅葉とは対照的に、冬を予感させる寂しさで一杯である。
 
この秋はまだ、これといった寒波がこない。そうは言っても尾瀬に初雪が来るのは間もなく。草紅葉の季節もじきに終わる。
(小埜 佳典)

2008年10月16日

南会津・静かな紅葉

3rd_紅葉352.jpg
 
福島県南西部の南会津地域。尾瀬の北に位置するここでも、今、紅葉が見頃である。福島県檜枝岐村から新潟県魚沼市へ至る国道352号線は道が狭いのが難点だが、渋滞もなく気持ちのよい紅葉ドライブが楽しめる。
 
紅葉は標高差にして1週間におよそ200m下ると言われる。アップダウンの大きな352号線沿いでは10月11日からの3連休、標高1400m付近が一番の見頃だった。今後季節が進むに連れ紅葉は徐々に山麓に降りてくる。しばらくは気温が高めに推移する見込みで、色づいた木々の姿が来週末まで楽しめそうだ。
 
首都圏からはやや遠いのが難点で、西那須野塩原ICからの国道400号線での渋滞も心配。少々遠回りにはなるが、白河ICまで北上し、9月に開通したばかりの国道289号線・甲子トンネルを利用すれば、渋滞は少ないだろう。
(小埜佳典)

2008年10月15日

新米の季節

2nd_新米.jpg
 
新潟県十日町市で毎年10月に開催される、リレー形式の24時間マラソンに、今年も参加してきた。この大会の楽しみのひとつは「コシヒカリの新米が食べられる」ことである。
 
辺りはちょうど稲刈りの季節。地域柄、参加者やその家族には農業関係者が少なくない。差し入れやら何やらで新米をご馳走になれるのである。農家の方によると、今年は夏、日照不足であったものの、台風の上陸などがなかったこともあり、米の出来としては「ややよい」とのこと。
 
ところで、日本で米の生産量がもっとも多い都道府県はどこか。新潟、という答が返ってきそうだが、新潟と北海道がほぼ同量でトップを競っている。農水省の発表によると、今年の作況指数は新潟が102、北海道が106の見通しで、生産量は北海道がトップとなる見込み。地球温暖化の折、新潟では近年、稲の高温障害が増えているとも言われる。将来が少し心配である。
(小埜佳典)

2008年10月07日

「温暖化」?「高温化」?

10月6日の日本経済新聞に、作家の倉本聰氏のインタビューが掲載されている。氏はインタビューの冒頭、「地球温暖化問題」という表現に対する異論を唱えている。「地球高温化問題」と呼ぶべきだと言うのである。
 
言い得て妙である。ネットを検索してみると同じ意見がいくつか見つかる。言葉にはそれぞれが持つイメージ、語感というものがある。「寒冷」「冷涼」は肌寒く厳しい語感だが、「温暖」の言葉には厳しさが全くない。むしろプラスのイメージだ。一方、「低温」「高温」には、いずれもマイナスのイメージが付きまとう。
 
他に適切な表現はないか。「灼熱化」はやや大げさ。造語になるが、高温化のスピードに焦点を当てるのなら「急暖化」「急温化」といった表現も可能だろうか。
 
英語の”global warming”の訳であり、今さら変えることは難しいだろう。しかし、危機感を十分に伝えるためには言い換えた方がよい。あるいは逆に、「温暖化」と使い続けて、この言葉が悪いイメージに変わって行くことを待つのだろうか。
(小埜佳典)